オクシモ論

新矢の雑記。

私の友達が少ない理由(他山の石にしてくれ)

私は友達が少ないです。全くいないというわけでもないですが(重要)。中学時代まではそこそこやれていたのですが、高校生になると友達を作るのがものすごく下手になりました。そのせいで辛かった時期もありました。
思い当たる理由を書いていきます。納得するなり、自分も気をつけようと思うなりしてもらえると嬉しいです!

プライドが無駄に高いから

話しかけられた方が優位に立っていると思ってしまう。例えば「最近どう?」と話しかけるのなら、話しかけられた相手は返事をするか、しないかという選択肢を選ぶことができる。返事をするにしても、最後を質問文にして話を広げるかどうかも自由に選ぶことができる。とにかく、話しかけられた側が有利すぎる。いや、本当は会話に有利不利もないのはわかっているが、どうしても妙なプライドが邪魔して話しかけられないことが多い。

人にあまり興味がないから

誰がどこの学校に進学しようが、よほど仲が良い人でない限り、同窓会以外で会うことはほぼないだろうし、誰がどこで何してようが大抵自分には関係のないことだ。そう思ってしまうから、自分の興味のあるジャンル以外ではあまり話しかけないし、相手の興味なさそうなことはこちらも喋らない。

考えすぎるから会話が下手だから

これを言ったら相手が不快になってしまうのではないかとか、これは相手にとって地雷なのではないかとかって思ってしまうので結局無難なことを言って終わる。浅い話しかできない。すっごくどうでもいいこと話してるな〜と思いながら会話を進めてる。だから結局自分は疲れるし、相手もつまらないだろうなと思う。

出会って数時間なのに腹を割って話している人とかはもう尊敬する。自分には絶対できない。深い話をするには最速でも二年はかかる。一年ちょっとじゃ友達にはなれない。無難な話を一年以上続けてくれる人なんてごく少数だから友達もごく少数になる。

損得で考えてしまうから

この人と仲良くなっても私にメリットがないのではないかと考えてしまう。ある程度仲良くなったら一緒に遊びに行く時間と金を費やさなければならなくなるし、この人が原因でトラブルに巻き込まれてしまう可能性もあるのではないか、と思ってしまう。もちろん友達といて楽しいこともあるだろうが、デメリットの方が目についてしまう。

一人がそこまで苦じゃないから

一人でご飯食べるのも、一人で移動教室するのも、一人でトイレに行くのも全く抵抗がない。トイレに関しては理解できないまである。話しかけるきっかけがないから友達ができにくい。

こだわりがあるから

人と一緒にいるとある程度は自分の中のこだわりを捨てなければならなくなる。自分のこだわりと友達を天秤にかけた時に、こだわりが勝ってしまうことが多々ある。その代わり、こだわりがぴったり一致する友達がいるともう最高。

友達が少ないから

友達が少ない→「多分あいつはやばい奴だ」→「話しかけないでおこう」→友達ができづらくなる、という負のスパイラル。友達の友達だから友達になる、ということがなくなるので友達を全く増やせない。新学期のスタートダッシュなどに出遅れると多分こうなる。

それに友達が少ないと流行などにも鈍くなるから会話について行くのが難しくなる。大抵流行りが終わってから流行を知る。

今の状態に割と満足しているから

友達は少ないけど、全くいないわけではない。その少数の友達は本当に良い友達だと信じているから自分から新しく友達を作ろうという思考になることがあまりない。

自分を理解してくれる友達が数人いればそれでいい。浅く広くよりは狭く深くの方が心地いいと思っている。

実際、いわゆる陽キャの人たちが時々人間関係で悩んでいるのを目にして大変だな〜と思う時もあった。私は悩むほどの人間関係がなかったのでその意味では気楽だった。

 

友達がいなくてつらい時もありましたが、いないからこそ自分のために時間をフルに使うことができて、充実した日々を送ることもできました。友達が多いのが善で、少ないのが悪ということは絶対にないと思います。ただ、ふとした瞬間に寂しさを感じることはあったので、もう少し仲良くしておけばよかったなという後悔はしています。

帰国子女あるある

学生時代、周りに帰国子女の友達がいなくて寂しかったのをふと思い出したので、少しでも同じような状況の方に共感してもらったり、帰国子女ってこんなんなんだーって思ってもらえたら嬉しいです。

学校編

  • 「英語話せる?!」(住んでたのが英語圏とは限らないんだけどなーっと内心)
  • でもめんどくさいから「一応、話せるよ」と答える(一応、を強調)
  • 「なんでもいいから英語話してみて!」(なんでもいいが一番困る。せめてセリフを用意してくれ)
  • テキトーに"Hello"とか言うと場がシラケる。
  • でも逆に難しいことを言うと「今なんて言ったの?」(日本語で同じことを繰り返させられる地獄)
  • 「英語喋って」の正解が一生わかる気がしない。
  • 「ハーフなの?」(小学生くらいまでは帰国子女の定義を知らないことが多い)
  • 「帰国子"女"なのに男なの?」(帰国子女の定義を…!)
  • 「日本語どれくらいわかる?」(普通の学校に転校する時点で日本語力はある程度はあるから!)
  • やたらと「俺の友達帰国子女だから!」と謎に自慢材料にされる。
  • 英語の宿題やらされる。
  • 「これなんて意味?」(辞書代わりにされる)
  • そこで文脈に依存する単語だから即答はできないと言うとめんどくさっみたいな顔される。
  • 文法は全くわからない(え?自動詞、他動詞ってなに?)
  • 英語教師にCDプレイヤー代わりにされる(何が「ここ読んでみて」だよ)
  • 発音がいいとやたらと注目が集まる(恥ずかしい)
  • でも発音悪くすると、期待はずれだって言う目をされる。
  • 努力して英語を習得したのに、できて当然みたいな雰囲気が辛い。
  • 帰国子女が複数いた場合、「帰国子女」として一括りにされる。
  • 「海外では〜だった」って言うやたらと言う帰国子女ほど滞在経験が短い。
  • そう言う帰国子女は大抵周りから反感を買う。
  • だから、心の中で「やめろ!」って叫んでる(帰国子女自体のイメージが悪くなると困る)
  • でも、自分の滞在国の話が出ると嬉しくてつい「向こうでは〜」って話しちゃう。(後に少し反省する)

生活編

  • 大抵周りの人よりもワイルド。(包装紙は破るもの!弁当はやたらとでかい一段弁当!
  • うっかり靴を履いたまま人の家に上がってしまう(文化圏によるけど)
  • シャワーだけでも全然構わない、なんなら1日くらい洗わなくても大丈夫。
  • 海外にいた頃に観ていたアニメとかテレビが日本でもやっているとテンション上がる。
  • 店員さんが袋詰めしてくれるのに対して「袋詰め代いくらですか?」と聞きそうになる(袋詰めまでやってくれる国は少ない)
  • 日本だとやたらと機械が喋るから驚く。(セルフレジとか券売機とか)
  • アイコンタクトしすぎて相手に目を逸らされる(ちょっと罪悪感抱く)
  • 言葉に詰まった時は「えーっと」じゃなくて"Umm"
  • 世代じゃなくてもブルーハーツの「青空」を知っている(現地の日本人学校で校歌の次くらいに歌わされる)(生まれたところや皮膚や目の色で〜♪一体この僕の何がわかるというのだろう〜♪)
  • 自分にとっての「母国」はどこなのかとやたらと考える時期がある(時々病む)
  • 日本が超好きになるか、超嫌いになるかの二択(私は前者)

 

人間関係編

  • なんとなく、あいつ帰国子女だろうなーって思う(大体正しい)
  • 気づくと帰国子女同士でつるんでいる。
  • 海外から来た人にやたらと親近感を感じる。
  • 滞在していた国の人だとテンションMAX
  • 身振り手振りが大きい。
  • そして気づくと友達も身振り手振りが大きくなっている(感染型身振り手振り大仰病)

南アフリカで車盗まれ警官に見捨てられ散々な目にあった話

南アフリカは基本車で移動

南アフリカは近年治安が良くなりつつあるが、それでも金を持ってると思われやすいアジア人は襲われたり泥棒にあったりしやすいので、近所のスーパーまでだろうと車で移動しなければ危険だといわれている。つまり、車がなければ南アフリカでは生活できない。

ショッピングセンターに行った時のこと

三時間ほど車から離れていたところ、帰ってくると止めたはずの場所に車が見当たらなかった。記憶違いかと思って駐車場を一通り探してみたがやはりない。じわじわと車が盗まれたという現実を認識し始め、絶望し始める。

車がなければ今後の生活に困りまくるし、何よりここから家に帰ることすらできない。そして、これはもう少し後に気づいたのだが、車に家の鍵を置きっぱなしにしていたために、仮に帰れたとしても家に入ることもできない。

 

とりあえず、警察に頼るしかないので車を盗まれたことを報告して、家まで送ってほしいと頼んだ。「今ランチタイムだから、あと二時間はかかる。それまでちょっと暇つぶしててね〜」とのことだった。のんびりとした声で、少しも急いでくれそうな気配はなかった。だが、こういう国なので話を聞いてもらえただけでも良しとした。

二時間後、やっと警察がきてくれた。「こっちです!」という意味でこちらが軽く手を振ると、笑顔で返してくれた。そして警察の車が通り過ぎていく。なんとスルーされたのだ。

いや、待ってくれ。私は何もやっほー的な意味で振ったのではない。走って追いかけて、なんとか警察を捕まえた。

 

「てっきり君はファンなのかと思ったよ」と軽く謝罪(?)された。もしかしたらこのおっちゃんは警察も兼業している有名人だったのかもしれないが、私はそんなもの知らない。とにかく車が盗まれたから探してほしいと伝えた。

車種はトヨタだったと伝えると「きっと車は戻っては来ないよ。少なくとも一つの塊としては」と言われた。日本車は南アフリカでは人気で、パーツだけでも高値で売れるらしい。だから、日本車を盗んでは解体してバラで売り飛ばすらしい。

盗まれてから三時間は経っているから、きっと今頃すでにバラバラにされているだろう。車外から見えるところに高価なものは置いてなかったし、きっちり鍵も閉めていた。これ以上できることはなかったのだから、仕方ない。潔く諦めた。

 

警察の方に家まで送ってほしいとお願いしたところ「俺の仕事はもう済んだから、別の奴に頼んでおくよ」と言い、どこかに電話して去って行った。送るだけ送ってくれていいじゃないかと叫びたかった。家はすぐそばなんだから。

あのおっちゃんが警官仲間を呼んだのか普通のタクシーを呼んだのかわからないけれど、とりあえず待つしかなかった。だが、なかなか来ない。放置されて二時間が経とうとしている。本当にあのおっちゃんは助けを呼んでくれたのかと疑い始める。日が暮れると、ショッピングセンターの駐車場だろうと危険な場所になる。早く帰らなくてはと焦る。

 

親切そうな人に声をかけて車に乗せてもらうことも考えた。運良く知り合いがいるといいのだけど……。

いた!!

隣人だ!たまに一緒にバーベキューする仲の人だ!この人なら信用できるし、隣の家なのだから距離的にも送ってくれそうだ。

駆けて行って、事情を話すと快く承諾してくれた。救世主だ。

そして、鍵も車と一緒に盗まれたことを話すと鍵屋を呼んでくれた。神か、貴方は。

しかも、鍵屋が到着するまで寒いからと家に上げてくれた。間違いない、神だ。

 

この国の奴は大体到着が遅い。一時間半待ってやっと来た。そしてすぐ帰った。道具を間違えたらしい。まあ、来てくれただけ良しとしよう。そして一時間経って戻って来た。往復一時間なら三十分で最初来れたでしょ、と内心思った。

 

結局鍵を壊して無事家に戻ることができた。車を盗んだ奴に家まで盗まれると困るので、一応鍵を新しくしてもらった。そして友人に車を買いに連れて行ってもらい、なんとか普通の生活に戻ることができた。

いくら日本が好きでも、南アフリカで日本車に乗るのはもうやめた。

 

 

 

 

 

帰国子女のメリット、デメリット

私は南アフリカと香港に合計9年間滞在していた帰国子女です。小学五年生から日本の学校に通い始めてそのまま日本に住み続けています。その中で感じた帰国子女で得したことや損したことなどを書いていきます!

メリット

  • 入試で割と有利になる。

  受験では、帰国子女枠があるし、英検があれば有利になる学校は多い。でも、帰国子女は最近増えているらしいので、圧倒的に有利というわけではない。実際、私は帰国子女入試で受験失敗した。

  • 世界に広く友達ができる。

  滞在先の国での友達はもちろん、滞在国で知り合った人が別に国に移住することも多々あるので行ったことない国なのに友達がいるという状況ができる。

  • 自分とは異なる文化に対する抵抗感がなくなる。

  海外に行くということは自分が向こうで異質な存在になるということ。自分が外部者になる経験をすることで、自分とは異なる存在に優しくなれる。そういう文化もあるよねーって受け入れられるようになる。

  • 視野が広くなる。

  様々な宗教や国籍の人と触れ合いことになるので、いろんな視点から考えられるようになる。

  • 防犯意識が高くなる。

  ほとんどの国は日本よりも治安が悪い(というか日本が良すぎる)ので自然と身につく。

  • 無条件に帰国子女だから「すごいね」と言ってもらえる。

  勝手に過大評価してもらえる。  

  • 勝手に育ちがいい、お金持ちだと思われる。

  仕事の都合で行かされただけなのに、海外に住む余裕があるっていう認識をしてもらえる。

  • ナイフとフォークを使うのが上手くなる。

  一部の国を除いて、箸なんていうものはないので使わざるを得ない。食事のマナーが厳しい国が多いので、自然と綺麗な食べ方になる。

  • 帰国子女だからと大目に見てもらえることもある。

  わからないことがあっても「帰国子女だから仕方ないよね」って言ってもらえることがたまにある。

  • 自己紹介の時に滞在経験を語ればいいのでネタに困らない。

  「帰国子女です」っていうだけで割と注目してもらえる。自己紹介後も、滞在国について話を振ってもらいやすいので後の会話にも困らない。

  • 人に覚えてもらいやすい。

  特に珍しい国に滞在していた場合は「◯◯に住んでいた人」という認識をしてもらえるので認知されやすい。私は南アフリカに住んでいたことを言って、一発で人に覚えてもらえていた。

  • 海外の方とコミニュケーションを自然に取りやすい。

  日本で英語を学んでも、海外の人と自然なコミュニケーションを取れるようにはならない。場数を踏むことでボディーランゲージを身につけることができる。英語を喋るにしても、自然な言い回しができるようになる。

 

デメリット

  • 日本の文化を学ばないといけない。

  特に幼い頃から海外に出ていた場合には、日本特有の文化になれるのに時間がかかる。日本文化についての教科書があるわけではなく、日常でそれを身につけることしかできないので、一朝一夕ではいかない。場合によっては日本語そのものも学ばないといけない。

  • 帰国子女に対する偏見や嫉妬と戦わないといけない。

  帰国子女への期待がある一方、空気が読めないとか日本人を馬鹿にしているなどの偏見を持っている人が少なからずいるので、それに打ち克たないといけない。また、勉強しなくても英語ができると思っている人も一定数いるので、嫉妬で嫌がらせを受けることもある。勝手に「調子乗ってる」って言われる。

  • 日本語も外国語も中途半端になるリスクがある。

  どっちの言語にしろ、習得するのは大変。言語は使わなければどんどん忘れて行く。

  • 日本に帰国後授業についていくのが大変。

  国によって学年で学ぶことが違う。日本人学校なら日本の学校とある程度一致しているが、現地校だっと全く違う。特に数学(算数)は海外の方が深度が遅いことが多いので帰国後に授業に追いつくのが難しい。他の科目も、海外で履修していたとしても、日本語で用語を学び直さないといけないのでやることが多すぎる。

  • 人と価値観が合うことが少なくなる。

  海外に滞在経験のある人とない人だと価値観が結構違うことが多いと感じることが多かった。逆に、滞在経験のある人同士だと価値観が合いやすい。

  • 過度な期待を受ける。

  帰国子女なら英語ペラペラだろうと思われてしまう。それがプレッシャーになることもある。

  • たまに疎外感を感じる。

  友達同士で、小学校の頃に流行ったものや修学旅行あるあるなどの話題にどう頑張ってもついていけない。だって、経験してないんだから。「へぇーそうなんだー」って相槌打つことしかできないので、寂しいし、申し訳なくなる。いくら日本のことを勉強しても、思い出は得られない。

  • 海外の文化に馴染めなかった場合地獄

  海外に行ったからといって、積極性や現地の人の国民性が身につくわけではない。実際、私は幼いことから海外にいたが、海外の人からはもちろん、日本人の友達から「シャイだね」と言われるくらい内気でもの静かな方だと思う。特にアジアからの人が少ない地域だと、見た目だけでも周囲から浮くので馴染みにくい。

  • 日本で生きづらさを感じ続ける可能性もある

  さっきの逆パターン。一度身についた性格は変えることは難しい。やたら積極的に動いていると陰口と叩かれることもあるので辛い。日本独特の空気を読む習慣が精神的負担になる可能性もある。

  • 母国はどこなのか問題に悩むことになる

  私は未だに「出身国は?」と聞かれると答えに迷う。育ったのは海外だけど、国籍としては日本人だし、日本も好きだけど、海外も好きだし…となって一つに絞れなくなる。私は、最終的に自分はどこの国にも属していないのではないかと思い込んでしまい、中学の時に一年ほどこれで病んだ。

 

 

生まれ変わるとしたら再び帰国子女になりたいか

  • すごく迷うけど、なりたくない。

  帰国子女だからと得られる恩恵も、様々な視点も得ることはできたので、自分が帰国子女であることを恨んではないが、帰国子女だからこそ悩んだことや苦しんんだこともかなりあった。

  他の記事で書いたように、帰国子女だから傷ついたことが学生時代にたくさんあって、定期的に病んでいた。帰国子女であることを隠すのはほぼ不可能だった(日本にいた思い出を偽装しようとしても必ずどこかでボロが出てしまう)ので苦しかった。

  だから、もう二度とそんな経験はしたくないと思ってしまう。

 

  もし、自分の子供を帰国子女にしたいと思っている方や、帰国子女になりたいと思っている方がいれば、海外に行った時と帰国後の精神的なケアを慎重に行ってほしいと思ってます。帰国子女はメリットばかりではないです。でも乗り越えられれば強靭な精神力を手に入れられます。

 

 

英検一級合格のコツ(面接編)

私は高校二年生の時に、一回落ちた後に、2回目の受験で英検一級に合格しました。私が行った勉強法とその時に掴んだちょっとしたコツを紹介したいと思います。

 英検一級の面接合格に最低限必要なもの

  • 二次試験(面接)用の対策本

  いくら筆記用の勉強をしたところで、喋れるようにはならないし、一級の単語を流暢に使いこなす必要なんてない。喋る時の語彙力は英検三級レベルで十分で、そこに少し専門的なボキャブラリーを加えれば完璧になる。専門的、と言ったのは面接内容が結構難しいからである。面接では、経済や環境問題、教育、政治、メディアなどの小難しいトピックの中から一つ選んでスピーチすることになる。だから最低限そのような話題の中で使われる英単語をストックして、あとはそれらを簡単な英語でつなげるだけだ。面接のための対策本はそのようなことに特化しているので、一番効率よく専門用語を吸収できる。さらに、多くの対策本にはスピーチの模範解答が載っているので、その構造を真似したり、運が良ければ似たような話題が本番でも出るので暗記した模範解答をそのまま流用できることもある。

  • 経済、環境、教育、政治、メディアの基本的な知識

  英語力がいくらあっても、喋る内容がめちゃくちゃだと合格できない。それについて一分間話せるくらいの知識がないと難しい。  

  • メンタルの強さ

  基本的に面接官二人対自分一人の戦いになる。圧迫面接のようになることも少なくない。こちらが一所懸命話しているのに頷いてすらくれない時もある。そこで、圧に負けずにスピーチをする精神力が必要になる。

勉強法

面接の対策本をとにかく読み込んでいた。筆記試験が終わった後から勉強を始めたので、時間がなかった。そこで、一番効率よく知識と英語を詰め込めるのが面接用の対策本だったので英文を全て暗記する勢いで取り組んだ。

だが、勉強するトピックは結構絞った。私は、環境問題と教育、メディアだけ勉強することにしていた。当時高校生だったので、経済も政治も大したことを語れないと判断したからだった。面接では、五つほどトピックの候補を出してもらえるので、三種類のトピックをやっていれば一つくらいは自分のわかるものがくる。別に五つのトピック全てに答える必要はないので、特に知識面が心配な方は勉強する箇所を絞ったほうがいいと思う。

面接用の対策本は何種類かあったが、大して違いはないように感じたので、一冊を完璧にするほうが良いと思う。

 

まとめ

 英検一級の面接に関しては英語以外の力も問われる。準一級まで受かる小学生(帰国子女)は一定数いるが、一級になると格段に少なくなるのはそういう理由があると思う。

でも、変わったトピックはほとんど出ないので、対策本できっちり的を絞って勉強すれば突破できないこともない。実際、私はトピックに関しての知識が元からある方ではなかったが、環境問題と教育とメディアに全振りすることで、なんとか合格することができた。

 

英検一級合格のコツ(筆記試験編)

私は高校二年生の時に、一回落ちた後に、2回目の受験で英検一級に合格しました。私が行った勉強法とその時に掴んだちょっとしたコツを紹介したいと思います。

 英検一級の筆記試験合格に最低限必要なもの

  • 英検準一級に受かる程度の英語力

  準一級に受かって一級に落ちることは多々あるが、その逆ない。当たり前に思うかもしれないが、かなり大事。英検二級くらいまでなら中途半端な知識と運でなんとか受かることができるかもしれないが、準一級からは運ゲーで勝つことはほぼ不可能になる。特に準一級は、いしじ試験では7割取らなければいけないのに対し、一級では8割弱取らなければいけないのでいくら運を味方にしたところで実力がなければ確実に落ちる。

  • 体力

  一級は一次試験だけで二時間半近くある。(筆記100分リスニング40分)

  途中で眠気に襲われたり、戦意喪失したりするとゲームオーバーになるので、普段から連続して英文を読解する練習をした方がいいと思う。特に、一級の長文問題は初見だと圧倒されてしまう可能性が高いので慣れることが大事。

  • 一級用の単語帳

  英検の準一級以上で出題される単語は独特のものが多い。ネイティブでさえ知らないようなものもちらほらある。わかりやすく言うと、漢検一級の漢字のようなもの。日常では滅多に使わないし、使えなくても困らないような英単語が結構ある。だから、英検専用の単語帳を使わなければならない。

  • 一級の過去問集

  形式が特別変わっているというわけではないが、やはり慣れが大事。もたもたしていると普通に時間切れになるし、出題形式を知っておくことで読解のコツを自分なりに掴めるようになる。

  • YouTubeとかラジオなど英語を聞けるもの

  リスニングは慣れるしかない。耳が英語に慣れてしまえば、あっという間にリスニングが得点源になる。英語のニュースとかガチガチの英語じゃなくても、英語のゲーム実況とか海外のYoutuberさん、海外のアニメなどでも耳は慣れる。英語でも楽しめるようになったらリスニングは楽勝。

  いくら単語帳を完璧にしても学習してない単語ばかり出題されたら無理だし、自分と相性が悪い長文問題が出されたら絶望するしかない。何しろ難しいし、8割近く得点しないといけない試験なので、実力のある人でも落ちるときは落ちる。私も実際一回落ちた。三回受けて一回受かればいいやくらいの気持ちで受けた方がいいと思う。(お金はかかるが仕方ない)

 

勉強法

私は大きく分けて三種類の勉強をしていました。

一つ目は単語。

前述した通り、英検一級専用とも言えるような単語が大量にある。それらはとにかく覚えるしかない。単語は、主に第一問の単語補充問題のために覚える。

準一級の英単語が完璧でなくてもなんとかなる。実際、いろんな出版社が出している準一級用の単語帳と一級用の単語帳を比べて見たことがあるが、結構被っている単語もあった。最初の単語問題や、長文で鍵となる単語は圧倒的に一級用の単語が多い。たまに準一級以下の単語が出題されているが、割合的には小さいので捨ててもダメージは小さい。準一級用の単語を完璧にするよりは一級用の単語を少しでもやった方がいい。

最初に単語帳を一周して、すでに知っている単語を塗りつぶして目に入らないようにしてから、自分の知らない単語のみを覚えるようにした。

コツとしては、

  • 語源を意識する

  正直、ネイティブでさえ知らない単語まで覚えるのは骨が折れるので、語源を調べては単語帳に書き込んでいき、語源を一緒に覚えるようにした。一見非効率的に思えるが、ある程度語源を覚えてくると、語源の組み合わせとして掛け算的に覚えられるし、仮に知らない単語が出てきたとしても意味を推測しやすくなる。

  • 単語はふわっと覚えるだけでいい。

  量が多いから、最低限のことだけ覚えればいい。英作文で使うわけじゃないのだから、綴れる必要も、活用できるようになる必要もない。例えば"Privilege"ならば、「最初にPrがあって間にvがあってgeで終わるやつは『特権』と言う意味」くらいぼんやりと覚えておけばいい。

  • 単語は毎日少しずつやる。

  覚えたての単語は特に忘れやすいので、定期的に覚えた単語を見直す時間をとるのが大事。これは好みの問題かもしれないが、私は1日に10単語しっかり覚えるのを10日やるよりは、一日に軽く100単語眺めるのを10日繰り返す方が覚えやすかった。

 

二つ目は読解。

第二問以降の英文を読んで質問に答える問題の対策は、ひたすら英文を読んで慣れるしかない。英検一級の過去問の他に、洋書を読んでいた。物語だと楽しめたし、英語独特の表現に慣れやすかった。

コツとしては、

  • 意味が知らない単語は読み飛ばすか、意味を推測してガンガン次に行く。

  スピードもある程度要求されるので、わからなくなったところで止まらずにうまく推測を交えながら先に進むスキルも必要になる。ここで、語源を覚えていると結構推測しやすくなる

  • わからない問題は潔く捨てる。

 英文は理解できたとしても、選択肢が一つに絞れないことがある。数分考えてわからないのなら一時間考えたところで答えが出ない可能性が高い。その問題は飛ばして、記号問題だからテキトーにやって当たる確率にかけた方が得策。

  • 英語に長期間触れない状態は絶対作らない。

  一週間英語に触れないと格段に読むペースが落ちる。簡単な英文でもいいから、毎日触れる時間を取った方がいいと思う。

  • 問題解く前に目が疲れるようなことはしない(長時間スマホとか)

  二時間近く英文を睨むことになるのだから、目が疲れていては戦えない。万全の状態で受けられるように直前は目を休めることに集中するべきだと思う。

 

三つ目はリスニング。

問題そのものは難しいわけではないので、英語を聞くことに慣れるのが大事。

移動時間にYouTubeで英語でゲーム実況や、アメリカのテレビ番組を見ていたりしていた。アメコミも好きだったので結構見ていた。

コツとしては、

  • 選択肢を先に読む。

  何が聞かれるかわかっていれば、集中して聞くポイントがわかるので、少しでも時間が余れば次の問題を読む。さらに、選択肢の決め手となりそうなポイントに線を引いておくと後から楽になる。

  • わからなかったところはすぐ諦める。

  考えている間、聞くことが疎かになりがちなので、次の問題の音声が始まったら諦めるなどと決めておくべき。

  • メモを取り過ぎない。

  書くことに集中するとどうしても聞くことが疎かになりがち。私は答えに関係ありそうな細かい数字やキーワードだけメモすることにしていた。読まれる文は特別長いわけではないので、メモ無しでもいける。

 

特にライティングのための勉強はしなかった

 英検一級といっても、ライティングに求められる力は大して他の級と変わらない。トピックが若干小難しくなるだけだと私は感じた。トピックを指定する文さえ理解できれば、あとは中学生レベルの英語でなんとかなる。小難しい言葉を使って間違えるよりは、バカみたいに簡単な単語を使って間違いを減らすようにすれば合格点はもらえるはず。

 

まとめ

英検一級は準一級と比べて格段に難易度が高い試験。求められる単語力も、読解スピードや正確性も桁違い。帰国子女の私でも結構苦労したので、相当難しいと思う。私も1回落ちているし、2回目受験して受かった時も割とギリギリのラインだったので、運が悪かったら確実に落ちていた。

難しい試験であるがゆえに、良くも悪くも運が結構絡んでくると個人的に思う。だから、準一級を取得後ある程度勉強を積んだのなら合格する可能性はあると思うので、金はかかるが何度も挑戦することが大事だと思う。

 

 

 

 

 

 

「卒業式」が嫌い

卒業のシーズンですね。卒業された方はおめでとうございます。
唐突ですが、私は卒業式が嫌いでした。もちろん、卒業式を重視する気持ちもわかります。一生に一度だし、もうそのメンバーで集まることはないかもしれないし。
でも、私の場合は圧倒的に嫌いな気持ちが勝っていました。なぜかそう思っていたか共有していきたいと思います。

最も単純な理由は友達が少ないから。

ああ、わかってる。これは自業自得。でも、言い訳すると、”同じクラス”にいないだけで、隣にクラスにはそれなりにいる。それでも、友達が圧倒的に少ないのは間違いがない。

一番嫌なのが、卒業式前後の卒アル交換。友達同士でメッセージを書き合うやつ。そんなことをする友達がいないから、その時間ぼーっとすることになる。周りから見たらさぞ悲しい奴。学校最後の日にそんな見苦しい姿を見せてしまい申し訳なくなるし、何より自分が辛い。

仮に、卒アルにメッセージ書いて!って言われたとしても、大して仲良くもない人に無難なことを書くのも面倒だし、相手に気遣わせてそれらしいことを書いてもらうのも申し訳ないと思ってしまう。よほど仲良い人相手ではないと、メッセージ何書こうかと悩んでしまう。結局、どっちに転んでも私には地獄だった。

それに、周りで記念写真を撮ってる人が多いから、そこにこの悲しい姿がうっかり写り込んでしまうのではないか、っていう恐怖もある。その写真を友達と共有するために、LINEグルやらインスタに載せられるだろうから、楽しげな姿とともに哀れな自分の姿が巻き添えを食らって、拡散されてしまう。下手したら一生残る。考えるだけで恐ろしい。

自由時間と称した卒アル交換の時間が終わると、ホームルームが始まって、担任からの感動的な話の後に解放される。

でも、卒業式の後に一人で帰るのも寂しい。普段一人で帰るのに関しては何も思わないけれど、この日だけはちょっと寂しい。周りが泣きながら友達との別れを惜しんでいるのを横目に一人颯爽と、もしかしたら誰か最後だからって言って一緒に帰ろうと誘ってくれるんじゃないかって淡い期待を抱きながら、結局一人で帰る。自分に友達が少ないということを改めて最後に認識させられるのが苦しかった。

 

正直、これは積極的に友達を作らなかった私が悪い。でも、せめてホームルームの後に卒アル交換の時間を取って、満足した人から帰宅にするなどして、高校最後の日に苦しまなくて済むように配慮して欲しかった。まあ、言っても仕方がないけど。

感動させられている感じが嫌。

校長先生や担任、生徒代表からの感動的なスピーチと、そのバックに流されるわざとらしいBGM。もちろん卒業するのだし、感動する人は感動していいと思う。でも、泣くことを強要されてる感じがして嫌いだった。「勉強しろ」と言われると勉強したくなくなるのと同じ心理かもしれない。

無駄に練習が多い。

たった数時間で終わる儀式のために、何日も練習するのが馬鹿馬鹿しいと感じることが多かった。一生に一度なのだから完璧に終えたい気持ちはわからなくもないが、立ったり座ったり、ひたすら入退場したり、「はい!」の声を繰り返し練習することにあまり意味を感じなかった。その練習で倒れる人もいた。素晴らしい感動を作り上げるためだけに、何日も何日も練習するのはなにか間違っているように思う。練習に時間を割くのなら、授業をするなり、学校休みにするなりして欲しかったと私は思う。

でも、結局行った。

 めちゃくちゃ行きたくなかったけど、私は結局行った。親が悲しむだろうと思ったし、後日卒業証書を学校に取りに行くのが面倒くさかったから。あとは、数少ない友達にお礼を言いたかったから。

卒業式に来て行く衣装を母が結構前から準備していたのを知っていたし、ぼそっと「卒業式行きたくないなー」と私が言うと「なるべくなら行きなさい」と言われたから、親のためだと自分に言い聞かせて重い足取りで学校に向かった。

 

実際行ってみると、予想通り式自体は退屈でお涙頂戴オーラがすごかった。唯一予想外だったのは校長の話の長さ。予想の三倍あった。よくあんなに喋り散らかせるなーと感心した。

でも、思っていた以上には辛くなかった。同じクラスに友達が少ないのを知っているので、隣のクラスの友人は自由時間の間ずっと私と行動してくれた。本当この人と友達になってよかったと思えた。クラスの解散の時間が違かったので、結局帰るのは一人だったが、寂しさよりも、やっとこの監獄から解放されるという気持ちの方が強かった。

多分、卒業式に出てなかったらこれほどの開放感を感じることはなかった。例えるなら、湯船にのぼせる限界まで浸かって、上がった直後に冷たいコーヒー牛乳を飲む感じ。もし卒業式に出てなかったら「ああ昨日卒業したんだっけか」くらいの認識でスッキリしない感じで過ごしていただろう。

卒業式もそんなに悪いものではなかったかもしれない。